ぐったりとしたなまえの身体が机の上にあった。正直なところ、こちらも限界までやりきったので体は辛い。……が、なまえよりはまだましだ。自分の足で動ける程度には。
「…………あらららら~、何事かと思って来てみたら、こりゃァまたすんごいところに出くわしちまったようだなァ」
面倒な男に見つかってしまった。
「夜分遅くにご苦労なことだな」
「いやいや、そうでもないさ。とある人からの依頼とあっちゃァ、俺たちも腰を上げるしかないからね」
飄々とした物言いでそう言った男――海軍大将青雉がにたりと笑う。
幸いなことに、事はもう済んだ後だった。なまえはレイリーのコートによってすっぽりと包まれていたし、レイリーも服装を正して歩き出せるところまで整っていた。……恐らく、そうなるまで、この男は待っていたのだろう。
「…………嫌な男だな」
「それはこっちの台詞だよ。じいさんが若い娘を手籠めにして」
ふ……とレイリーが笑う。本当ならその挑発に乗って睨みの一つを返すところだが、レイリーはそうしなかった。何故なら、実際のところは手籠めにされているのはレイリーの方で、それは彼女と共に過ごした者にしか分からない。言葉にしても理解出来やしない――一種の愉悦のよる優越感を感じたからだった。
「なんとでも言ってくれ」
勝ち誇ったように楽しげに笑うレイリーに、青雉が眉根を寄せる。理解不能といった風に。
「迎えは明日にしてくれ。今日はこの子の世話をしないといけないんでな」
「…………正気か?」
幸せそうに目を閉じているなまえの顔を、レイリーが柔らかな表情で覗き込む。どうやら満足のいくものだったようだな。ほっと息を付く。――と同時に、なまえとの逢瀬は今日で最後なのだと、ゆっくりと理解が追いついてくる。このいけ好かない男を自分で呼びつけておきながら「帰れ」と追い返してしまいそうだ。
「私はいつだって正気だ。ではまた明日会おう」
なまえを抱えて歩き出す。腕の中ですやすやと眠る愛しい人。彼女に触れられる最後の瞬間まで、この身にしっかりと刻んでおきたかった。
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「おはよう、なまえ」
朝起きたら、いつもの宿屋だった。そこにはレイさんがいて、朝ご飯を食べていた。
「君も食べるだろう?」
「うん、食べる」
するり、ベッドから抜け出す。服は着ていなかった。そこまで思考が行き着いて昨日のことが浮かんでくる。まじまじと体を見た。……おかしいな。朧気な記憶だけど、今までで一番無茶苦茶なセックスだったのに、汚れのひとつもついていない。……なんで?
服の代わりにシーツを体に巻き付けて移動する。
「この怠け者」
「レイさんに言われたくないよ、怠け者」
「心外だなぁ。私だってやるときはやる。昨日は君を風呂に入れたよ。……あぁ、いい。礼はいらない」
「あ……それで! ううん、言わせて。ありがとう、レイさん!」
腰を浮かせて、ちゅっとお礼の口付けをする。レンズの向こうの彼の目がにっこりと笑った。その後離れようとしたら、お返しが帰ってくる。
「迎えが来た」
「迎え……? あ、案内してくれるっていう人?」
「そうだ」
「うん、わか……っ、ちょっとレイさんっ」
絶え間ない口付けが優しく刺激する。腰に回る彼の手の平の動きがなんだか怪しくなってきた。
「ま、待って……迎えが来ているんでしょう?」
「あぁ……来ている。…………が、そんなことはどうでもいいだろう?」
「良くないってば。私は本部に行かないといけないの!」
「…………」
レンズの向こう側の柔らかな双眸が、きゅっと細くなる。にっこりと弧を描く口元は笑っているようでそうではなかった。
「…………ごめんね」
「いや、…………元からそう言う話だったからな。約束を破る男は嫌いだ……」
「ふふふ。海賊って、そういうところが律儀だよね」
レイさんには最初の方に話をしている。「本部までの案内をして欲しい」「ツキツキの実の能力についてレイさんの見解が欲しい」「覇気の使い方を教えて欲しい」これらについて、先に願い出ていた。彼は二つ返事で了解してくれて、その代わりに、彼のひとときの相手をすることになった。もちろん、それは私にとって願っても叶ってもないことだったので、すんなりと約束は結ばれた。
「レイさんのおかげで実りある時間を過ごせたよ。本当に……ありがとう」
「こちらこそ、レディ。私も楽しかったよ」
抱き締めてくれる大きな体は本当に優しくって、じんわりと目元が濡れてくる。彼はそれ以上、駄々を捏ねるようなことは言わずすんなりと解放してくれた。
「これから先は海軍本部だ」
「……はい」
「海賊とは違う。海兵は肩書きに重きを置いている」
「肩書き……?」
「まぁ実際、階級は力の序列を表している。そして、その見た目も力に伴っている」
「…………つまり?」
「つまり、だ。今のままの君の姿じゃ、舐められる」
「…………なめ、……え?」
「外見というものは大切だ。美しさや格好良さとは違う、その者の存在の重みというものが、立ち姿からにじみ出る」
何となくだけど、言っていることは理解できた。今の私はその辺にいる下っ端海賊のような風貌。ひょろっとした体と海賊にしては歳が若い、その程度の容姿だ。
「そう言われても……、今更どうしようもないんじゃ……?」
「ちょうどいい人がいる。紹介しよう」
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紹介されたのはレイさんの行きつけのBarの店長、シャッキーさんだった。スタイル抜群黒髪お姉様に見惚れる。カウンターから歩いて出てくるだけで自然と目が追うし、煙草を吸う唇は大変艶やかで、これが大人の女の色気なんだと理解した。…………これはちょっと私には無理だ。
私を見つけた彼女は「まぁ! なんて可愛らしいの!」爛々と両目を輝かせてガッツリ腕を掴む。理由を尋ねるよりも先に「シャッキー頼んだよ。この娘をしっかり粧し込んでやってくれ」と、レイリーさんが言った。
「ちょっ……」
「任せてレイさん。立ち振る舞いから服装まで全部、出来うる限りのことはするわ!」
「ハハハッ!」
「いや、待って、笑い事じゃな…………ッ!?!?!?!?」
「行くわよ、なまえ!」
「嘘でしょぉ~~~~!!!!」
それから私たちはシャボンディ諸島のお店を回って服やらなんやらを買い漁り、碌にやったことのない化粧について叩き込まれ、女性の何たるかを説かれ…………もう、兎に角大変だった…………。
「つ……疲れたァ――」
「ご苦労様」
「シャッキーさん……」
「随分良くなったわよ? 自信持って。なまえはほんといい女になったわ」
「…………ありがとうございます」
実感はあんまりない。……だけど、粧し込んで服屋の全身鏡の前に立った時、私ってこんなに綺麗になれるんだって、心から胸がときめいた。自分に似合う服を着て、お化粧をして、にっこり笑う。ただそれだけのことなのに。
「見た目はこれで十分だと思うわ。あとは……貴方の心」
「こころ……?」
「レイさんに稽古をつけてもらったんでしょう?」
「……はい」
「自分の力は制御出来るようになれた?」
「はい。能力を引き出せるようになって、覇気も一通り使えるようになりました。レベルは低いですけど……、海兵の中将レベルにはなれたと思います」
「流石はレイさんね」
ふぅ――煙草の煙を吐き出しながら、シャッキーさんが目を伏せる。何かを考えるように、彼女は目を閉ざす。
「…………シャッキーさん?」
「私たちの国では、強い者が美しかったの。強くなるには強い心が必要だわ。なまえは十分強い。だから、臆することなく、自信を持ちなさい」
「…………はいっ」
「いい返事ね」
にっこりと笑ったシャッキーさんに深く頭を下げた。
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夕方過ぎ、辺りが暗くなって来た頃、シャッキー’S ぼったくりBARに一人の男が訪れた。『Close』の看板を無視した男は無遠慮に扉を開く。「……来たか」待っていたとばかりに、酒場の中では白髪の男が立っていた。
「荷物はまとまってるんだろうな」
苛ついた男がため息を吐き出す。予定では今日の朝に娘を引き取って本部に向かうはずだった。それをこの男、冥王レイリーはすっぽかしたのだ。
「あぁ」
「っ、たく。俺の痺れが切れる前にさっさと渡してくれよ。こっちも暇じゃねぇんだ」
「すまないね、海軍大将とやら」
微塵もそんなことを思っていないだろう。青雉はじろり――睨みつける。テーブル席の一席、荷物が固められている方に青雉が歩いて行く。「本人は……」喉まで出かかったところ、青雉は口を閉ざした。
「おいおい、まさか」
「悪いね。ちょいとはしゃぎ過ぎたようだ」
「…………」
テーブルに突っ伏している女。それが今回の護衛対象だ。まさか寝たまま顔合わせとは、こんなのは初めてだ。……が、不思議と怒りは湧いてこなかった。青雉はこういうことに慣れていた。彼の師匠がその気を持った男だったおかげで、なまえは命拾いしたのである。――が、その隣、積み上げられた荷物に、青雉は思い切り顔を顰めた。
「まさかこれ……全部?」
「女には必要なものが多いからな」
ハァ――長いため息ののち、青雉は懐から電伝虫を取り出す。
ブルブルブル――ガチャ、
「あーこちら青雉。今から護衛対象を連れて戻る。……あと、一部隊の派遣をよろしく。……あー荷物があってね。やだよ。俺大将だよ? 荷物運びは頼んだから」
――、ガチャン。
「じゃあ連れて行く」
「あぁ……くれぐれも丁重に」
机に突っ伏した女を軽々と持ち上げた青雉が、念のため……とその顔を確認する。――間違いない。あらららら~? 聞いていた話より随分別嬪な女だな。これは役得だ。
すっかり機嫌を良くした青雉は、腕の中ですやすや眠る女を抱えて港で待つ船の元へと戻って行った。

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