愛すべきバカたち

ギィィィィ――バタンッ

扉が開いた音がどこか遠くで聞こえて目が覚めた。カラカラになった喉が渇いた声を出す。こんなに湿気ている島でこんな声になるとは……もぞもぞと体を動かしてベッドから出ようと体を起こす。ピタリ、腕に手が伸びてきて起こした傍から体が倒れてしまう。

「……もう、ミホーク」

視線を上へと向けるとすでに目を覚ましていた彼がこちらを見つめていた。

「そんなに見ても私は起きるからね」

今度は勢いをつけて体を起こす。ベッドから両足を降ろして立とうと体に力を入れると肩にのし掛かる重み。呆れながら顔を横に向ければ逞しい胸筋。首に腕が回ってきて耳元では逃がさないと一言。

「そろそろ2人が戻ってくる頃だよ」

さっきの音。たぶん、一階の扉が開いた音だと思うし。変わらず抱きしめ続ける彼の腕を指でトントンとする。そうすれば力が弱まる。

「ねぇ、ミホーク。離して? 朝ご飯作らないと……ね?」

子供をあやすような声。フッと笑い声がした気がした。

 

:

 

― ミホーク視点 ―

:

 

目が覚めるとベッドの中の彼女はまだすやすやと寝息を立てていた。しばらくして一階の扉が開いた音がする。どうやらロロノアとゴースト娘が帰ってきたようだ。もうしばらくこうしていたいのだがな。同じく音に気がついたようで彼女も目を覚ます。もぞもぞと動いた後起きあがった体。手を伸ばし、もうしばらくこの状態でいたいとその腕をひっぱり体を倒す。もう……と声を漏らすその様も愛おしいものだった。

今度は勢いをつけて体を起こした彼女は邪魔が入らないようにすぐにベッドの端へ移動して足を降ろす。全く、利口な女だ。しかし、まだ甘え足りない。彼女の温もりがまだ恋しい。首に腕を回しぎゅっと抱きしめれば彼女は苦笑する。まるで子供をあやすような声で宥められてしまえば、自身が子供になったようで思わず苦笑してしまった。そうなれば、なまえ、お前は俺の母なわけだ。

「なまえ」
「ん、なぁに?」

服を身に纏わない彼女も美しいが、こうやって白いワンピースを纏う彼女も、また美しかった。クルリと体を向ける彼女の隣に立つ。

「いいの?」
「何がだ?」
「世界一の大剣豪がこんな……下着一丁でフラフラして」

ふふふ、ほんとおかしいわと笑われても悔しくもなんともなかった。

「今は一人の男だ」
「……そうね、私の旦那様?」

おどける彼女はそれではお食事の準備に行って参りますと部屋を出て行った。片手で頭を押さえてその衝動を抑えることで精一杯だった。今すぐお前を抱きたい、そう思ってしまう俺はやはりお前の子供ではないようだ。なまえが好きだ。尽きることのない気持ちが溜まる程に愛おしくて仕方がない。はぁー……息が漏れた。そうして、グッと拳を握り締め、服を着た。

着替えを終えてダイニングへ向かう。開いている扉からはパンの焼ける香りに卵の焼ける音。あとはソーセージか……今日の朝食を想像しながら部屋へ足を踏み入れた。

「あら、案外早かったね。おはよう、ミホーク」

エプロンをつけたなまえがフライパンで調理をしながらこちらへ挨拶をする。軽く頷いてテーブルの方を見るとすでに座っている2人がいた。いつも通り無言で自分の席に座るとなぜか驚いている2人が顔を見合わせ、小さく首を傾げた。

「あはは、どうしたの2人とも」

同じく2人の様子を不思議に思ったなまえが声をかけた。テーブルには出来上がった朝食が丁寧に並べられていく。

「いや……なぁ?」
「あぁ……」

ゴースト娘が罰が悪そうに言葉を発するとロロノアも後に続く。どうしたのよ? となまえがもう一度言い、なまえが席に座るとゴースト娘が意を決して話し出した。

「私たち、2人にとって邪魔者なんじゃないかって……」

その時のなまえの表情はそれはもう目が見開いていて、かなり驚いている様子だった。同時に俺の心も少し揺れた。……確かに、2人だけの方が都合のいいことがあるのも事実だ。顔を俯けたゴースト娘がロロノアに目配せをする。

「私はロロノアみたいに稽古がないし、今すぐ出て行ける」
「俺は稽古が終わり次第、どちらにせよ……仲間の元へ戻る」

まるでごめんなさい、お母さんと子供が謝っているような、その様は先ほどの自身と重なった。

「っ、バカッ!! このバカ息子、バカ娘ッ!!!」

イスを大きく引いて立ち上がったなまえは大声で叫んだ。今まで一度もそのような声を上げたことのなかったなまえのその声に、2人は驚いて顔を上げる。素知らぬ顔をしていた俺も顔を上げ、なまえの表情に料理を口へ運ぶ手が止まった。

「……なまえ」

ポロポロと涙を零すなまえは声を殺すように泣いていて、バカ……バカ……と言い続けていた。慌てて立ち上がったゴースト娘が駆け寄ると、ギュッと抱きついて言った。

「いつ私がそんなことを言ったのよ…………わだ、し、そんっ、なこと……」

その後、なまえがなんて言ったのかは聞き取れなかった。とにかく嗚咽がすごくて何を言っているのか聞き取れない。わ、悪かったよと宥めるゴースト娘もあたふたしていて、場が収束しそうにない。ふぅと息を吐き出して立ち上がる。コツコツと床を鳴らし、なまえの隣に立った。

「代われ」
「……お、おう」

ゴースト娘からなまえを預かり、背中を撫でてやる。

「なまえ、落ち着け」
「ん、うん……」

「……それで、何が言いたい?」

「……ペローナちゃん」
「お、おう」
「ロロノアくん」
「あぁ……」
「私、2人のことが大好き」

その言葉にピクリと反応してしまう体を押さえられなかった。それに気づいたなまえがクスリと笑う。もちろん、ミホークのことも大好き。そう言われてホッと胸が安らぐ。

「私は2人に出会えてよかったって思ってるし、できればこれからもずっとここにいて欲しい……だから、そんなこと言わないでよ?」

グスリと鼻を啜る音が沈黙の部屋に響く。俺の胸に顔を埋めたなまえは鼻水がつくことも気にすることもなく俺の服にグイグイと顔を押しつけた。まぁどうせ洗うのはなまえだから別に問題はないが。……まったく。それでこいつらはどうするつもりだ? 俺の女にここまで言わせておいて……鋭い目で2人を見れば、俺の言いたいことが分かったようで2人が唾をゴクリと飲み干すのが見えた。

「ミホーク、殺気出すのはなし」

腕の中にいる彼女にはつくづく顔が上がらない。フッと笑えば場の空気が緩んだ。顔を上げたなまえは頬を膨らませて俺の頬を軽く叩く。コラッ、とでも言いたいのか。前を向いたなまえは2人に向かって言った。

「遅くなったけど、おかえりなさい」

ニコリと笑ったなまえはもう、大丈夫だろう。

2人だけの方が都合のいいことがあるのも事実だが、この2人がいたからこそ気付けたことがある、それもまた事実だ。……今回は俺もなまえの意見に賛同することにしようか。

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