夜が明けて天候が少し変わっていた。泣き腫らしたなまえが落ち着くと共に寝落ちしてしまって、そのまま近くの階段に座り込んで少し眠った。その時は少し生ぬるいくらいの気温だったが、今は風が吹いて少し肌寒さを感じるくらいだった。
目を覚ましたなまえは、忘れないうちに書き写しておくと言い、分厚い本を抱えてレッド・フォース号に繋いでいる棺船の方に戻っている。模写が終わるまでは戻って来ないだろう。
ミホークはそれが終わるのを待っていた。
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「…………お目当てのものは見つかったのか?」
一人静かに海を眺めていたミホークの隣に、ベックマンが並ぶ。ミホークはただ静かに頷いて、ベックマンは「そうか……」とだけ言った。
ベックマンは何をしていたのか気になってはいたが、どうせ聞いても答えてはくれないだろうと思ってそれ以上は口を挟まなかった。この男に聞かなくとも、どうせ戻ってきたなまえが全てゲロってくれるに違いないと思っていたからだった。
それに関してはミホークも理解していて、とっくの昔になまえの口を塞ぐことは諦めていた。だから、なるようになる、とただ静かになまえの帰りを待っている。
だがそれも、この後に合流した赤い髪の男によって急展開を見せることとなるのだが、今の二人はそんなことは露ほども知らなかった。
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……よし、書けた。図解のところはかなり端折った。絵を描く才能は私にはないので、絵を見ながらどんなものなのか説明文を書き足して、出来るだけ文章が多くなるようにしてみた。……っていっても、文字もそんなに上手じゃない。ミホークさんみたいに綺麗な字が書けたらよかったのに。今度教えてもらおうかな。
書き写した紙は大切に丸めて書類入れに納めて懐に入れておく。浸水も防ぐ仕様なので安心だ。
「本を返しに戻らないと……」
レッド・フォース号から降ろしていた縄梯子を伝って船に戻る。梯子を登ってすぐのところ、昨晩は酔い潰れていた船長が堂々と立っていた。差し出された手の平を有り難く握って引き上げてもらう。
ありがとうございます――と言いながら首を傾げる。甲板に立ったのに、手を掴まれたままなのだ。よくよく見るとまだ目元が赤い。
「……もしかして、まだ酔っているんですか?」
甲板には昨晩のまま、船員達が倒れている。……ということは、本当に明け方までどんちゃんしていたのだろう。恐らくこの男もそうに違いない。
「あの、手を離してもらっても?」
「えぇ……やだぁ……」
「…………」
チッと舌打ちが出なかっただけ成長したと思う。一時期は面倒くさいときに出てくるミホークさんの舌打ちが移って困ったんだよね。最近は自重できるようになってきた。このままここで押し問答するくらいなら……面倒だけど手を引いてミホークさんところまで行った方が早いだろう。そして後は任せよう。……うん、色々と。
――と、シャンクスさんがその場にしゃがみ込んでしまった。
「あの……寝るんなら、手を離してもらってもいいですかね」
「え~~、やだぁ……俺も着いていくぅ……」
「…………はぁ」
こうなれば、背負っていくしかない。こんな大きな男を浮かせる力はないので、腹の下に入り込んでずるずると引っ張るくらいしかできないけど、それで動けるならいいか。シャンクスさんの体を肩の上に乗せてずるずると引きずっていく。何か足先とかすごく擦れてるけど……、大丈夫かな。心配になって後ろに視線を向けたそのとき。
「あれ……なまえちゃん? なまえちゃんが俺の前のいる」
「あー起きましたシャンクスさん。ちょっと重いので、自分で歩いてもらっても…………っ、ちょ、えっ!?」
「あれ~ここになんかあるぅ~」
シャンクスさんが楽しそうに声を上げながら、あろうことか、彼は私の服の上に手を添わせたのだ。
「っ、何をしてるんですかっ!」
「何ってぇ……あ……柔らかいこれ……なんだろ……」
「ひゃっ!? シャ……シャンクスさんっ! 落としますよ! ってか、投げ飛ばしますよ!?」
「あ~いや、ごめんごめん。つい、手に当たったもんだから……」
「本当に謝る気があるんですか!?」と言いたくなるくらい、全く反省していない様子のシャンクスさんがによによと笑いながらが言った。耳元で「柔らかいの触りたいなぁ~」と懲りずに言っている。この男は絶対にわざとやったに違いない……。
「ちょっともう降ろしますからね!」
「え~やだやだ! 俺もなまえちゃんといちゃいちゃしたい~! 鷹の目ばっかりずるい~!!」
「ずるいって……いやそれは」
「俺、知ってるよ? なまえちゃんが鷹の目に攻められて善がっている時の声……」
「ッ!? なんっ!?!?!?」
「なまえちゃんの声、最高にエロかったなァ~」
「ちょ、ちょっとシャンクスさん、一旦、黙りましょうか?」
確かにレッド・フォース号の中で何度かミホークさんに悪戯をされたことはあったけれど、周りに誰もいなかったし。…………そりゃ、気配消されていたら分かんなかっただろうけど。……全部見られていたってこと? うわ……何それ恥ずかし……。顔面に熱が集まってくる。
「……あれ、もしかして顔赤くなった? 恥ずかし? 可愛い……。そんなんされたら我慢できなくなるじゃん」
シャンクスさんの手の平が再び胸元を弄りはじめてやわやわと重力に従ってたわんでいる胸を揉みしだいた。さっきまでは私がシャンクスさんを背負っている体勢だったのに、いつの間にかのしかかられている状態になっていて逃れられない。
「ひゃっ、もっ、もう~~!!! シャンクスさんッ!!!!!」
「可愛いなぁ~もう最高。ねぇ……なまえちゃんの先っぽ触ってもいい?」
そこだけ妙にかっこよく言おうと声色を変えるシャンクスさんに「この酔っぱらいが……」と内心殺意が沸きそうになるのを堪えながら必死で抵抗する。だが酔っていてもやはり男なのだ。びくともしない。
こ、これはピンチだ……。これだけわーわー叫んでいるのにミホークさんが来る気配が全くないということは、恐らくこの近くにはいないのだろう。くっ、頼みの綱なのに。
「何々~? もしかして、鷹の目のこと考えてる?」
「…………関係ないでしょう」
「え~あるよ~? 俺がいるんだから、今は俺のことだけ考えてよ。嫉妬しちゃうじゃん……」
あぁ、シャンクスさんのイメージがぁ…………優しさと大人の知性を兼ね備えていながらも、時折見せる子供っぽい感じが可愛いと思っていたのに。……絶対に今は子供っぽい感じだよね。酔うとこうなるのか……。尊敬していたはずのシャンクスさんのイメージが音を立てながら跡形もなく崩れ落ちていった。……やだ、辛い。
ふわり――背中に感じていた重みが急になくなって体勢がぐらりと崩れる。っと、っと、っと――傍にあった壁に手を付いて何とか転ばずにすんだ。急にどうして……? 解放されたのでそれは良かったけれど、何でこうなっているのかが分からない。顔を上げてシャンクスさんの姿を探した。
「……なまえ」
慌てて後ろを振り向くと、そこには妙に真剣な顔のシャンクスさんが立っていた。――嫌な予感がする。
「えっと……」
「……キスしてもいいか?」
「……え、はいぃっ!?」
「いいってことか?」
「違っ、そんなこと言っていませんって!」
近づいてくるシャンクスさんから逃れようと後ろに下がったところで、後ろは壁だ。右に行っても、左に行っても、ずーっと壁。つまり逃げ場がなかった。こうなったら叫ぶしかないと腹を括ったが、……一歩遅かった。
「やめっ――っ……」
抵抗虚しく両腕を頭の横で固定されて、後頭部は壁にぴったりと押しつけられて、そのまま逃げ場もなく唇が重なった。下手に口を開けてしまったからするりとシャンクスさんの舌が入ってきてしまって、そうなってしまえばもう勝てない。
「んっ、はぁ……はぁ……」
「やべ……止まんない…………」
咥内を蹂躙され続ければ自然と酸素が尽きてくる。体に力は入らなくなり、抵抗することはもう出来ない。酸素が欲しいと呼吸を繰り返す度にシャンクスさんがこれ幸いと蹂躙を繰り返してくるのだ。必死に保とうとしていた思考が停止してしまった。
「んんっ…………あ、」
「なまえちゃん……いいや、なまえ……」
執拗な口付けは唇以外にも広がっていく。
「んぁ……シャンクスさん、その……もう充分ですから……」
「本当かい? じゃァ、なんでそんなに切ない顔をするんだい?」
横髪を優しく梳く仕草がミホークさんと重なる。
「…………ミホーク、さん」
「彼奴は来ねェよ」
「……来ない? どうして……」
「酒の一気飲み勝負をしているところだ」
「…………え、なんでそんなことに?」
少しだけ回るようになった頭で考えられることには限界がある。さぁ? ――と意地悪く、悪戯成功と言わんばかりに口の端をつり上げて笑うシャンクスさんを見たら、元々こうするのが目的だったんだと今更気が付いた。
「シャンクスさん、今ならまだ……」
ちょっと火遊びしちゃった程度ですみますよ……と言い終わる前に、シャンクスの人差し指で口を塞がれた。
「……悪いがそれはできない話だ」
「……なんで、ですか?」
「自分で気づいていないかもしれないが、お前は悪魔の実の能力を使ったんだよ」
「なんでそれをシャンクスさんが知って……?」
いや、聞かなくとも分かる。ミホークさんが話したのだ。
「噂通り、本当になまえは人を魅了する力がある」
「……そうだとしても、今は私は使っていないはずです」
「……本当に、か? ついさっき、意識を飛ばしかけていたときはどうだ……?」
「……それは、」
それは、正直なところよく分からなかった。そもそも、自分の力について正しくしったのは数時間前のことで、それをすぐに理解できるかと言われれば答えはNOだ。……まだ自分でもよく分かっていない。
「まだどうやっているかは分からないんだろう?」
「…………はい」
「何かがきっかけになって、無意識下で俺らの欲求を刺激しているように思う」
「それ、本当ですか?」
「あぁ……恐らく、な。なまえは不思議に思ったことはなったか?」
「えぇ……はい。心当たりはいくつか」
でも、何がきっかけ――鍵となっているかははっきりとしない。
「なら話は早いな。悪いのはお前さんだよ、なまえ」
「え、なんでそうなるんですか?」
「だって、誘ったのはそっちからだろう? 男としては誘われたら乗らないとレディに失礼だと思うわけ」
……確かにそう言われればそうだ。自分から誘っておいて相手をその気にさせておきながら、「やめてください」というのは、筋が通っていない。……でも。
シャンクスさんの唇が首元に触れる。そこから段々と下に降りていった。身を震わせながら必死で考えた。ここで私はどうするべきだろうかと。……何かを言わなければと思った。
「あの、シャンクスさん……」
「ん、どうした……?」
「えっと、ですね……そのう。言い難いのですが、私、経験はミホークさんとしか……」
恥ずかしさのあまりに口が震える。最後まで一度に言い切れずに、一度息を止めた。シャンクスさんが口付けを止めて私の顔を見つめている。
「……ん?」
「ミホークさん以外とはこういうことはしたことがないんです……だから、すごく恥ずかしくってですねっ」
あ”ぁ”――駄目だ。カッと全身が熱くなってきた。顔なんかもうすごく熱くって、なんなら首元も熱い。……こんなの恥ずかし過ぎる! 恐る恐る見上げたシャンクスさんは、口元を片手で覆っていて、その表情が読み取りきれない。眉は顰められているので、困惑しているの……だろうか? ――と、予想外のことを言われた。
「……なまえ。それはやめておけ。今後のことも考えて、その顔はやめておけ」
「え?」
「まったく……能力以前にその顔は普通に誘ってるだろ? わざとだろ絶対!」
「え、えぇッ!? そんなことはしていないです!」
ブンブンとちぎれんばかりに首を横に振った。
「あー、俺、鷹の目が不憫に思えてきた……」
シャンクスさんが頭を抱えながら言った直後――、
「お頭……俺もそう思うよ」
その背後にひょっこりと現れた男が言った。同意の意味を込めているようで何度も頷いている。私は救世主が現れたと、その人に飛びついた。
「ベンっ!! 助けて!!」
「はっ? どうしたなまえ。落ち着け……って、おい……大丈夫か?」
安心したら腰が抜けた。その場に崩れ落ちたものだから、シャンクスさんもベンさんも驚いたようで、手を貸してくれたベンさんに寄り掛かる。
「……お頭一体何をやったんだ?」
「いや、まぁ……ちょ~っと、からかうつもりだったんだけど」
予想以上になまえちゃんの力に引っ張られて止まらなかった。シャンクスさんが笑った。そして、その背後から睨みを効かせながらミホークさんが登場した。
……あれ? 確か、ベンさんとミホークさんは一気飲みの勝負をしているって。でも、目の前にいる二人はどう見たって素面だ。酒の匂いも全くしない。
「……え?」
それに、シャンクスさんとベンさんの会話もなんかおかしい。……え、なにこの展開。どういうこと……? 状況が把握しきれず、開いた口が塞がらない。
「悪い、なまえちゃん。これ全部仕込みなんだわ」
ごめんねっと片手を前に出して謝るシャンクスさんに返す言葉も見つからない。颯爽と現れたミホークさんがベンさんと代わって手を握って立ち上がらせてくれた。
「あの、ミホークさん。ベンさんとの酒飲み対決は……?」
「……まったく、赤髪。そんな適当なことを言ったのか」
「ん、あぁ? 別に何でもいいだろ?」
「……えぇ?」
「俺が酒で負けるわけがなかろう? そもそもこの男と俺がそんなことをする訳がない」
……確かに。そんな不毛な戦いを二人がするとは思いにくい。……でも、絶対ではないし、誰かに強制されたらするだろうと思って、信じていたのに……!
「……でも、じゃあ、なんでこんな茶番を……?」
「これで少しでも分かればと思ってな」
「……何が、ですか?」
「お前が今までやって来てしまった事の重大さを理解するには体験するのが一番だろう」
「……え”、まさか、そのためにこれを……?」
「……そうだ」
…………はぁ~~~~良かったァ――――もう本当にそれに尽きた。折角立ち上がれていたのに、また腰が抜けそうになってしまった。ふらつく体を今度はミホークさんが苦笑しながら抱き抱えてくれて、ほっと安堵する。この腕の中にいれば絶対に安全だ。ミホークさんの胸元に顔を寄せる。あぁ……良かった。
「……なまえ?」
「ミホークさんの馬鹿。ホントに、本当に吃驚したんだから……」
安心したら急に涙が出てきてしまった。正直、少し怖かったのだ。あまりに急展開過ぎて頭は全然ついていっていなかった。自分の力じゃどうすることもできなかった。……確かに、これは身を持って知ることのできる良い機会だったのかもしれない。相手をシャンクスさんにしたのは、ミホークさんにとっては最も信頼できる相手だったから、なのだろう。……うん、分かる。分かるけど。
怖かったァ――――
怖かったか……? と、身の程を知らせるためのことだったのに、ミホークさんは本当に申し訳なさそうに眉を八の字に落としていた。すまなかった――とミホークさんに抱き締められて――「……泣く程だったのか。悪い……俺の判断ミスだった。壁に押しやられる程度なら大丈夫だと思っていた」とそれを聞いた途端、思考が一瞬止まる。
ミホークさんの肩口から見えるシャンクスさんの顔を凝視する。あからさまに視線がすすすっと横に逸れていった。
「……シャンクス、さ~ん? どういう、こと、でしょうか、ねぇ!」
「ん? あ、だから言っただろう? なまえちゃんの力が強くって……」
「シャンクスさんの馬鹿~~!!!」
こうなればシャンクスさんの浅はかさを考慮しなかったミホークさんのことも許せなくなってきた。どうせならもっと近くで見守っていてくれて止めに入ってくれても良かったのに……!
ミホークさんの腕の中から抜け出して、ベンさんの元へと駆け出す。あっけに取られているミホークさんとシャンクスさんの方に振り返りながら、「二人なんてもう知らない!!」と叫ぶ。
どうやらその様子を見たミホークさんが、ようやく何か良からぬ自体になっていたことを察したらしく(ミホークさんはシャンクスさんのことを信頼し過ぎていると思う)、シャンクスさんに向き合った。
「赤髪、お前まさか……」
「シャンクスさんは胸揉んだし、普通に口付けしてきたし! なんならなし崩し的に抱こうとしてきたもんっ!」
「あっ、ちょ……!」
どうやら、それは言ってはいけないことだったらしく、シャンクスさんが慌てている。
「あ~それであんなに俺のことを呼んだわけか」と隣ではベンさんが納得していた。
「そうですよ。正直、あの時はもう終わった……と思っていましたから。ベンさんがあのとき来なければ……というぐらいには切羽詰まった状態で……「あ~なまえ、俺たちは船内に入っておこうか。彼奴らは彼奴らで積もる話もあるようだからな。なまえも疲れただろ? 少し、休め」……あ、うん。そうだね」
背後では、ミホークさんとシャンクスさんが大声で言い合いをしていたが、関わっちゃいけませんという風にベンさんに遮られたので、大人しくベンさんの連れられて船内へとそそくさと移動した。
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「だって仕方ないだろう? 鷹の目、お前なら分かるはずだ……! なまえちゃんのあの魅力的な姿……。俺には我慢するなんてこと絶対にできねぇー!! お前はできるのか? あぁっ!?」
「そんなの分かっている。だが、お前は「できる!」と言っただろうがッ!! できないなら、ベックマンやヤソップのようにそう言えばいいだろうがっ!!」
甲板では、残された者たちが大の大人の醜い争いを繰り広げていたのだった。

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