何やら深く考え込んだベンさんが次に顔を上げたとき、彼は「よし、じゃあ……やってみるか!」と声高々に言った。一体何を……? と詳しい話を聞く間もなく手を引かれて外に連れ出される。扉を開いた先、何故か人集りができていた。え……何事? ベンさんと顔を見合わせて首を傾げ合う。
「……ちょっと通してくれ」
ベンさんがそう言うと、少しだけ隙間があいて輪の中に入ることができた。副船長権限とでも言おうか。その後に続いてどうにかこうにか体を捻じ込んで真ん中の空いた空間にたどり着く。一体何があるのか……と顔を上げたら、そこに居たのはシャンクスさんとミホークさんだった。その傍らには大量の瓶やら樽やら……とにかくたくさんの飲んだ跡があった。もう……飲みすぎだよこれは!
先に二人を見定めていたベンさんがやれやれと左右に首を振っている。いやまぁ……これは……。唖然としながら見つめる。シャンクスさん……目が据わってるんじゃない? ……四皇のはずが、これじゃあただの酔っ払いの叔父さん……。
「……何やってんだお前ら……」
「何やってんですか……」
二人同時に、ため息と共に吐き出された台詞。恐らくベンさんも私と同じことを考えているに違いない。
「……何って、見りゃ分かるだろう。勝負だよ、勝負」
シャンクスさんが悠々と言った。
…………勝負?
首を傾げつつ、ベンさんを見やる。眉を寄せながらも頷いていらっしゃった。どうやら、副船長の承認は得られたらしい。まぁ恐らく……船は壊さないように、と常々ベンさんが言っているのでその意を汲んで飲み対決となったのだろう。あり得る話だ。船の修理よりは酒代の方が安いのかな? ……いや、待って。……確か、どっちもザルだったよね。これ……酒代大丈夫、なの……? 素朴な疑問だった。
「「お頭負けるなー!」」
外野がやいやい野次を投下していく。この円陣が出来た理由がようやく分かってすっきりした。ちょうど退屈していた頃合いだったろうから、よいイベントになったのだろう。……うん、分からなくもないです。
そんな彼らをベンさんが煩わしそうに眉根を寄せながら見回している。きっとどうやって追い払うか考えているに違いない。ベンさん曰く、そういうのも副船長の仕事だそうだ。守備範囲が広いですね、ベンさん。
ミホークさんは涼しい顔をしている。敵地でも変わりはないらしい。彼にとっては何処にいても何ら変わらないのかもしれない。そもそも彼に本拠地なるものはないし。
……ん? あれ……よくよく見ていたらミホークさんの目も据わっている……ように見えてきた。帽子を脱いで、上の服は脱ぎ捨てて、何なら下も脱いでしまいそうな勢いで体が暑そうだ。顔が真っ赤でなんともまぁ……珍しい。これ程に顔を赤くしたところは初めて見た気がする……。うわぁ……大人の色気がとんでもない。これって、ちょっと……目のやり場に困るかも。シャンクスさんだって同じように気怠そうに飲んでいて、もちろん上は着ていなかったし……あれ、下って、こんなんだったっけ、と。記憶を辿ることを放棄した。もう少し分厚かった気がしてならない。……あ”~~、目のやり場に困るじゃんかっ!
ふいっ――再びミホークさんの方に視線を避ける。二人ともその場に腰を下ろしているけれど、まだ意識は保っているようだった。シャンクスさんは視線が合えばひらりと手を振ってくれる。まだまだお元気らしい。ミホークさんは終始、視線を落としていた。けれども、私の視線に気付いたのか、しばらく彼の視線が彷徨った後に私のところでぴたっと止まった。
この雑踏の中で見つけてくれたのが嬉しくなって、小さく手を上げて振る。それを受け入れたらしく、パチン――と返ってきた柔らかで自然なウィンク。……え、ウィンク!?!?!? ミホークさんがウィンクしてくれた!?!?!?
「え……ちょっと待って。……やば……どうしよ。待って、落ち着かないと、……落ち着け自分……」
「……どうしたなまえ?」
「あ……いえ、なんでも」
ベンさんが心配そうに言った。ミホークさんが格好良すぎるというアクシデントがあっただけで。ってか、ウィンク!! 堪りません……もう1回やってくれないだろうか。酔っ払い最高かもしれない……。
「……二人ともザルなんだから勘弁してくれよ。船の酒がなくなっちまう。てめぇらも、早く持ち場に戻りやがれッ!!!」
ガツンと一喝。ベンさんが声を張り上げて言うと、渋々……と言う風に周りの人だかりがちりぢりになっていった。……さすが副船長、貫禄が違う。
「おい、ベン! まだ決着は着いていないぞ」
「知らねぇよ。別のことでしてくれ」
不完全燃焼のまま勝負が終わってしまうことに関してはどうやらミホークさんも不服らしく、ベンさんの方を睨みつけている。いやいやいや、二人とも、睨みつけたって変わりませんからね。
「……てめぇらはガキか。勝負は一旦引き分けにしてくれ。二人に話が……あ、いや。ちょうどいい。勝負は俺が預かる」
ベンさん以外の三人が首を傾げた。勝負を預かる……ということは、また別の勝負を提供するということだろうか。
「いい案がある。当然二人とも乗るだろ?」
首を傾げつつ、頷く二人。酔っ払っているから正常な判断できてないやつじゃん。いつもならそういうときは話を聞いてからって、迂闊なことは出来ないって、いつも言っているじゃんか! ミホークさん!
「……な、なまえ?」
「……え、なんで私……?」
こちらを向いたベンさんがにんまりと楽しげに笑っていた。
――なんだか凄く嫌な予感がする。
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「今度の勝負には横やりが入るとややこしいことになるから」とベンさんが言うので空いている一室に移動する。ギャラリーができると面倒だそうだ。
「……それで、案とは?」
両腕を組んで壁に背中を預けているミホークさんの表情はいつもよりも柔らかかった。心地よい酔い加減なのだろう。気分が良さそうだ。反対側の壁には同じく両腕を組んで壁に背を預けているシャンクスさん。格好が一緒過ぎて笑いそうになった。酔っているんだから狙ってやっているわけじゃないはず。…………素でこれなのか。ほんっと仲いいなぁ。
「二人にはなまえの能力の実験台になってもらう。なまえの誘惑に負けて触れた方が負け。どうだ? 分かりやすくていいだろ」
これなら船が壊れることもないし、これ以上二人が酒を消費して倉庫が空っぽになる心配もない。…………ただし、この身の安全が心配なのですが。
「「なるほど……それはいい案だな……」」
いやいやいや……なんで口が揃っているんですか!? それもなんで二人とも額に皺を寄せて神妙な……そっくりな顔をして言うんですか。それも、すごくいい声で。………あぁもう訂正。酔っ払いはやっぱり酔っ払いでしかない。
これじゃあ見世物になった気分だ。心底嫌でしょうがなかったけれど、「能力解明のためだ」とベンさんに囁かれると頷く他はない。……良いように言いくるめられている感じも否めないけど、……相手はベンさんだ。潔く諦めるとして、黙って成り行きを見守ることにする。
「よしそれじゃあ……まずはどっちからだ?」
「はいはーい!」
「じゃあ、お頭からで」
ベンさんが立ち位置を指定する。部屋の中心に二人は立った。少しだけ離れた位置に向かい合うようにして、真横にはベンさんが審判として立った。これならいつでも止められるから安心だろう――と小声で教えてくれた。さすがベンさんッ!! 惚れてしまいそうです!!
「それで……こっからはどうするんだ?」
「お頭はその場で顔を合わせたまま、少し話をするだけでいい」
「……話? たった『それ』だけか」
「あぁ、たった『それ』だけだ。楽勝だろ?」
ふむ、と考え込むシャンクスさんを眺めた。いや、その酒の回った頭で考えても意味がないのでは……? と喉まで出かかった言葉をなんとか気合いで嚥下した。
「なまえは何もしゃべらなくていい。返事をするとしても頷く程度に抑えてくれ。いいか、何があってもお頭から目を逸らすなよ」
「はーい」
「結構。……俺は触れた瞬間に止める」
「了解です」
「よし、じゃあ……スタートだ」
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静かな間が何秒かあった。私はしゃべるなと言われているので黙ったまま終わりを待つしかない。シャンクスさんが何かを言いたそうにしている。
「あーそのう、さっきは悪かった。調子に乗っていたことは認める」
……さっき、ね。頭に浮かんだのは、こうなるに至った原因だ。シャンクスさんがあんな風にちょっかいをかけなければ、ミホークさんと揉めることもなかっただろうのに。
「…………」
頷くべきか否か……。すぐに頷いたらあっさり許したみたいになる気がする。それはなんか嫌だなぁ。つい、いつもの癖で顔を背けてしまいそうになって『何があってもお頭から目を逸らすなよ』というベンさんの言葉を思い出して思い留まった。…………う、辛い。
「本当に悪かった!」
視線は逸らせないので、唇を尖らせることで意思表示をしてみることにした。
「…………やっぱりまだ怒ってる?」
当然でしょう。一度、強く頷いた。
「ごめん! 悪気はなかった! 詫びに何でも言うこと聞くからぁ……」
弱弱しくなっていく語尾。今日一日でシャンクスさんの威厳がばっさりと切り捨てられちゃったな……目の前で駄々を捏ねる叔父様を見ていたら遠い目になってしまう。現実逃避したくなってきた。これは視線を逸らしているわけじゃないし、セーフかな。
「なまえ、ちゃんと見ろよ」
腰を屈めたベンさんが耳元で小さく囁いた。はい……アウトでした。慌てて背筋を伸ばして気合いを入れ直す。再びシャンクスさんに視線を向けてしっかりと見つめた。彼は何も答えない私の態度に気を揉んでいるようで、ひとり百面相をしている。ちょっと面白い。笑いをぐっと堪えて口を引き結ぶ。気を抜いたら吹き出してしまいそうだ。
今度は「なァ……」と甘えるような声を出したシャンクスさんが一歩前に足を踏み出す。でもまだ距離は1mくらいはあったので、その場で様子を見ていた。小首を傾げるシャンクスさんに合わせて私も小首を傾げて、彼を見つめ続けるように努めた。――と、シャンクスさんがにっこりと笑った。唐突だった。ついさっきまで困り顔から不貞腐れ顔をころころと変えていたのに。不思議だなと思いながらも、つられてこっちもにっこりと返す。
「……なまえちゃん」
こっくりと頷いたシャンクスさんが片手を伸ばす。その手は私の頭の上まで伸びてきて、とん――と、私の頭を優しく撫でた。心地よい力加減につい、視線を落としたところで、はい、お頭アウト――と、ベンさんの判定が容赦なく下された。
「…………は?」
呆気に取られているシャンクスさんを見ながら私までぽかんと口を開けていた。そしてゆっくりと頭上にある手を見上げる。あ、……確かに。シャンクスさんは私に触れている。今理解するまで、状況がまったく把握できていなかった。「いやいやいや、何処がアウトだよ!」と食い下がって抗議をするシャンクスさんを横目に見ながら、「シャンクスさんの触るって、何だったのかなって聞いた方がいい?」とぼそりと言う。どうやらそんな囁き声も聞こえてしまうらしい……四皇とやらは大変だな。うぐ、と喉を詰まらせたシャンクスさんが撫でていた手を止めた。
本当についさっきにやらかしたことだというのに、この男は一体何を考えているのか。謝罪しながらも次の犯行を考えている……貴方は思春期前の屁理屈をこねまくるガキですか、この野郎! って言ってやりたい……気持ちをどうにか堪えて頭上の手を払い退ける。覚えていなさい、このツケは大きいからね。ひと睨みをしてやった。それどころじゃない感じで全然聞いていない気もするけど。

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