「次、鷹の目」
審査員、ベンさんの切り替えは素早い。終わったのなら次だ次! とシャンクスさんは後ろに引きずられて退場させられた。代わりに一歩前に踏み出したミホークさんが私の目の前に立った。いつもよりも少し離れた距離にいるせいか、なんだか寂しくて堪らない。
「ベンさん、もう少しだけミホークさんに近づいてもいい……?」
「駄目だ。あまり近いと、お頭との比較が出来ない。そこから動くな」
「…………ふぁーい」
ベンさんはそういうとこあるんだよねー。真面目なんだよねー、じとーっと見つめたら、「俺じゃなく前を向け前を」と頭を捻られた。…………酷い。――と、それまで沈黙を貫いていたミホークさんが口を開く。
名を呼んで一拍あけた後、「これが終わったら、しばらく付き合ってやる」とミホークさんの時間をくれる約束をしてくれた。……これはとても珍しい。なんやかんややっている内に、時間を費やしてくれていることはよくあるけど、明確に、こうして好きにしていいと言うのは本当に珍しいのだ。……だからこそ、嬉しいし、…………まぁきっと、ミホークさんもそれを分かっているからここぞというときに言ってくれるのだろう。…………うん、嬉しいです。
「…………お前らな、俺たちの存在を忘れてないか」
「……あ、ごめん」
すっかり二人だけの空間に入り込んでしまっていた。
「…………ったく。よし、じゃァ……始めるぞ。ルールはいいな? 鷹の目」
「あぁ」
ベンさんの合図で検証が始まる。ミホークさんも私も言葉を交わすことなく、ただジッと見つめ合う。…………うん、いつもやっていること過ぎて、全然何も起きません。ベンさんもそれに気付いたらしく、「あーもう2人が愛し合っているのは充分に分かった、…………悪いが鷹の目、これじゃあ検証にならんのでな。……なまえを刺激するように声をかけてくれ」と発破をかけるように言った。その真意を測り兼ねたミホークさんが怪訝そうに顔を顰めると、ベンさんがミホークさんに耳打ちをした。こっくりとミホークさんが頷く。
発破をかけるとは、具体的にどうやるのか気になるところだ。
一度、心を落ち着けるように瞼を閉じたミホークさんがゆっくりと目を開く。瞳は一点を、私を貫くように見ていた。真剣な眼差しだ。熱の籠もった視線に胸がぎゅっと動く。彼の口が滑らかに動いていった。
「……なまえ、愛している」
小さくともはっきりとした声でミホークさんが言った。王下七武海、鷹の目のミホークがそんな情熱的な言葉を口にするとは誰も思わないだろう……が、私は知っている。ミホークさんは見た目とは正反対で情感の豊かな人だ。とくに私に対しては直情的で真っ直ぐだ。その言葉はいつも私を揺さぶる。彼にそんな気がなくとも、その言葉で私は一喜一憂してしまう。
あ……これ、駄目なやつ……と、自身の瞳が大きく揺れ動くのを感じたとき、ぶほォッ――何気なく酒を口に運んでいたらしいシャンクスさんが口から酒を噴出した。おかげで少しだけ熱から解放された。
「おい、下品な奴はなまえの前から去れ」
「なんだと! っていうか、鷹の目お前いつからそんなストレートな奴になったんだよッ!? 吃驚したじゃねェかァ! 『愛している』とか俺でも……」
「……過去の経験を生かしているだけだ」
「……はぁ?」
意味が分からないんだが、と眉根を寄せて不可解そうにしているシャンクスさんを一瞥する。過去に言葉足らずで行き違いになりそうになったことがあったから、ミホークさんはそれを言っているのだろう。思い返せば、……確かに。あれ以降……言葉にしてくれることが増えたのかもしれない。……それでも足りないけど、ミホークさんがそう思って言ってくれていたと思うと、すごく嬉しい。あーー、駄目だ。嬉しくて、涙が零れてしまいそうだ。鼻の頭がツーンとしてきたのでどうにか我慢するべく、両目を閉じて視線を落とす。無だ……心を無にするのだ。自分に言い聞かせた。
「……なまえ?」
ルール上、ミホークさんは私に触れることが出来ないので、無理矢理に顔を上げられることはない。……彼はただ待つしかできないのだ。いつもならそれをすぐに理解して静かに私の気持ちが落ち着くのを待ってくれただろう。……が、今日はいろいろと状況が違っている。ミホークさんは酔っぱらっているからいつもより思考は鈍っているだろうし、周囲にはベンさんとシャンクスさんがいて、私には触れてはならないという変な縛りもある。そのすべての要因が今のミホークさんをいつもと違う彼に変えていた。
「なまえ、顔を上げてくれ」
いつもなら人前では絶対にしないこと――ミホークさんがその場で腰を折る。視界に差し込んだ影を感じてゆっくりと顔を上げた。「なっ!?」と息を飲む二人の音が耳を掠めて、私はぱちぱちと瞬いた。肌に触れるか触れないかの距離で、彼が私の顔に顔を寄せる。直視できないほど間近に迫った気配。咄嗟に逸らした視線を向けるように、促すように、ミホークさんが言った。
「……愛している」
「っ、」
ばくばくと心臓が鳴る。傍で聞こえる吐息が耳にかかって熱い。肌は触れあっていないはずなのに、まるで絡み合っているかのように、彼の存在を強く感じた。唇がつくか、つかないか。その距離でミホークさんが囁く。
「なまえ……」
下から仰ぎ見るように寄せられて、落としていた視界にミホークさんが映り込む。私を真っすぐに見据える金色の瞳が嫋やかに曲線を描く。細まった双眸の中にはまだ金色が見えていて、私のことを捉えて離さなかった。……私は、視線を逸らすことができなかった。本当なら、私が彼を捉えておかなければならないはずなのに。
「み、ほーくさん……」
口付けたい。今すぐ、ミホークさんと口付けを交わして溶け合うようにまじり合いたい。いま、すぐ――
「なまえ、声は……」という声が頭の端で聞こえたけれど、その続きはかき消えた。私は夢中になっていた。ミホークさんの唇に噛みつく。縋りつくように、親鳥に甘えるように――私はミホークさんに寄りかかって、彼は私を掬うように抱き留めていた。
「……愛しています」
――互いの時が止まったかのように視線が絡み合う。私の囁きが彼の耳に届いたのがすぐに分かった。全身を駆け巡る熱のすべてが交わる唇に集まっているような感覚に陥る。
「なまえ」と声が聞こえた。
離れていく唇を惜しむように甘嚙みし続けるミホークさんを宥めながら視線を動かす。そこにいたのは、ベンさんだった。彼が何かを言おうと口を開く。……が、何故か、何も言わずに口を閉ざしてしまった。らしくなく、いい言い淀んでいる。不思議に思いながらもそのすぐに隣に立つシャンクスさんに視線を滑らせた。そうしたら、彼は目を見開いて私を見ていた。
「なまえ、お前…………」
一体どうしたというのか。三人が私を刺すように見たと思ったら、今度は全員が視線を逸らしていた。意味が分からない。眉を顰める。――と、目の前が真っ暗になった。ミホークさんの手の平が私の顔を覆ったのだ。
「…………どうしたのですか」
静かに瞬きながら、ミホークさんの言葉を待った。
「…………やはり、な」
ベンさんの声が聞こえた。
「なまえ、落ち着け。深呼吸してみろ」
「…………はい」
言われるがまま何度か深い呼吸を繰り返す。心臓の鼓動がゆっくりと落ち着いていくと、視界が明るくなった。
「…………落ち着いたな」
ベンさんが私の顔を覗き込みながら言う。シャンクスさんとミホークさんは神妙な顔をしていた。
「なまえ、お前の能力の基本が分かった」
「え、本当ですか!?」
「あぁ、目だ」
「…………目?」
「正確には、瞳と言うべきか…………」
「鷹の目、気付かなかったのか」
「いや、ここまではっきりと変わっていたら流石に気が付く。急な能力の開花かもしれない。……俺も今気付いた」
「…………そうか」
シャンクスさんとミホークさんが話している内容を聞きながら、首を捻る。ベンさんが付け加えながら状況を説明してくれた。
「さっき、なまえの目色が変わっていた。今は……茶色だが、さっきは黄色、いや……金色になっていた」
「…………目の色が変わった?」
「あぁ……」
「そんなことがあり得るの?」
「まぁ悪魔の実だからな。何が起こるか、分からないことの方が多い」
そう……なのか。博識なベンさんが言うならそうなのだろう。小娘の私よりは確実に知識がある。
「…………なまえ。自分では気付いていないだろうが、お前は無意識下で人と話す時に人の目を探している。捕らえた目は基本的にはそらさない」
「…………え、私が、ですか?」
そんな気は全然ないんだけど。
「……普通はそんなこと気にもしないだろう。俺達も無意識下でなまえの目を見ていたからな。俺も確信が持てなかったんだが……今回のやり取りで確信が持てたよ」
ベンさんが確信を持って頷いた。
「…………確かに、色が変わった後の目を見た途端、何か強く引っ張られるような感じがしたな」
先ほど、シャンクスさんが驚いていたのはそういう理由だったらしい。
「まぁ、理にかなった予測ではある」
「おそらく、他にも能力はあるとは思うが……」
ベンさんが腕を組みながら長息をひとつ吐き出した。そして続けて言う。
「今回のこの力が分かったことは大きい。…………鷹の目、お前」
「言われなくても分かっている」
「……そうか。ならいい。…………なまえ」
「はい」
「お前は、力の使い方を覚えた方がいいだろう。やり方は……、いくつか俺たちで考える」
「うん、分かった」
心配するな――ミホークさんが柔らかく頭を撫でてくれて、抱き締めてくれる。先ほどまでの高揚感はなりを潜めていた。あるのは、酷い眠気。
「……なんだか凄く疲れた」
「能力を使ったからな。少し休むといい」
「…………うん。そうしようかな」
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なまえを休める部屋に連れて行った後、三人は再び顔を合わせていた。なまえの今後をどうするか、話し合うために。
「俺もあの図鑑を読んだ。……悪魔の実の詳細が載っているのはかなり珍しい。載っているとして、それは有名な誰かが保持しているせいか、はたまたそれ程危険ではないものか、そういうものが多い。よく出ている実とかな。……が、なまえのクラクラの実は聞いたこともなかった。誰か有名な者が使っていた記録もない。……にかかわらずあの情報量」
ベックマンが口を閉ざすと、残りの二人はそっと目を伏せた。続きは言わなくとも分かっている。
「世界にとって害をなすと判断されている実……か」
過去にシャンクスはそういう実を手にしたことがあった。だから知っていた。そういう実が存在することを。ミホークもそれを聞いて知っていた。だから、その厄介さを理解していた。
「鷹の目、」
「……何度も言わせるな。分かっている」
「そうか……、分かっているならいいが。このままじゃァ、なまえを守り切れなくなるときは必ず来る。王下七武海、たった一人で守れるとは思えねェ」
今更、この年になったところで己の生き方に邪魔をされるとは。鷹の目のミホークは、戦闘において、ただそれだけの力を求め、自由に生きてきたことに対して後悔していた。……もう少し、ほんの少しだけでも自分に権力があればなまえを守れるかもしれないというのに、今の自分にはそれがない。
「自分の身は自分で守る。これは海賊において鉄則だ。なまえはこれから強くなる必要があるぞ」
「……あぁ、分かっている」
――分かっている。だが、なまえを海賊にする気などは微塵もない。ただ一緒にいるだけだというのに、彼女自身も己と同じ立場にならねばならないのか。彼女は何一つしていないというのに。ミホークはそれがどうしようもなく腹立たしかった。

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