朝早くに聞こえた海鳥たちのけたたましい声。あぁ、朝がやってきたんだと自然と目が開いてしまった。内心はまだ微睡んでいたくって、また眠りにつきたくて瞼を閉じる。
……が、アオーン、アオーンと鳴く声は普段の棺船では感じられない声量で眠ってなんかいられなかった。なんでこんなにけたたましいのか。港町の鳥たちは朝から働き者らしい。
「……だる、」
体をもぞもぞと動かすと隣人の腕に手が当たった。布団を少しだけずらして顔を向けると規則正しく上下する胸が垣間見え――途端に気怠さなんかは消し飛んだ。慎重に音を立てないように体を起こす。少し上からその顔を眺めた。
こんなこと、滅多にない。あのミホークさんが私よりも起きるのが遅いなんて。今日は槍でも降ってくるかもしれない。緩みきった頬を手の平に乗せて膝を組んで、そーっと見つめる。外では相変わらず海鳥がけたたましく鳴いていたけれど、ここはとても静かだった。彼の呼吸の音が聞こえるくらいに、私は今を堪能している。彼が息を吸い込んで、色白の肌が大きく膨れて、また沈んでいく。
愛おしくて堪らない大好きな人。なんでこんなに格好いいんだろう…………。誰か、その答えを教えてくれる人はいるだろうか。シャンクスさんにでも聞いてみようか。それか……ベンさんなら答えてくれるだろうか。それとも……もういっそ、本人に聞いてみようか。……いや、やめておこう。きっと調子に乗るだけ乗って教えてくれないに違いない。それはなんか腹が立つ。
ただそこにいるだけで絵になる、大好きな――
「ミホークさん……」
蘇る記憶。それは昨日のこと。
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能力の検証が終わった後、私は酷い眠気に襲われた。一度眠った方がいいという三人の助言に従って、部屋を借りて仮眠を取ることになる。
「それじゃァな」
「なまえによろしく伝えておいてくれ」
「あぁ……」
揺れる身体。抱えられているのが何となく分かった。横髪に触れた指。――とそれを追い払うように手の平が動いたのが何となく分かった。相変わらず眠たくって瞼を開けることは出来なかったけれど意識はあった。シャンクスさんとベンさんとミホークさんが別れの挨拶を交わしていたらしい。口数も少なく別れを済ませたあとから少し意識が飛んだと思う。
次に覚えているのはミホークさんに抱えられたままで移動している感覚。地面はさほど揺れていないようで、がやがやと人混みの雑踏が聞こえた。きっと島に降りたのだろう。それからベッドに寝かされて額にはミホークさんの口付けがひとつ。安心した私はすぐに眠りについた。
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次に目を覚ましたとき、辺りは静まり返っていた。
真っ暗な闇の中、ぱちりと開いた両眼。カタン、と音がした。
「目覚めたか」
声のする方に顔を向ける。窓際にある椅子に腰掛けたミホークさんがワインを嗜んでいた。
「えぇ……」
起き抜けで頭がまだきちんと動いていない。ふらふらとしながら寝かされていたベッドから抜け出す。
「まだ横になっていた方が……」
「いいの……なんかちょっと喉が渇いたから」
まじまじと、ミホークさんが私を見ている。なんか変なことを言っただろうか。ゆるりと首を捻りながら向かいの椅子に座った。
「…………その方が、ずっといいな」
「…………ん?」
『その方』……とは?
んんん? 眉根を寄せていたら意識が飛んだ。あぁ……どうやらいつの間にか目を閉じてしまったらしい。こつん、とミホークさんにおでこを小突かれる。
「だから寝ていろと」
「いいの、ここに居たいの。みほーくのところに居たい」
「…………」
ミホークさんが手に持っていたワイングラスを机の上に置いた。まだグラスにはなみなみと残っているのに。どうしてなのかな。肘をついて回らない頭で考える。すると、ミホークさんも肘をついて、私と同じように小首を傾げた。……ふむ、どうしたのだろうか。今日のミホークさんは少し、可愛い。
つん、つん、と鼻の頭を人差し指で突かれる。
「なんでしょーか」
つん、と指が止まる。聞いても答えは返って来ず、彼はそのまま黙り込んでしまった。何なんだろうか。
「……思えば、お前は少し恭しすぎやしないか」
「え……私が、ですか? ……そんな気は全然無かったのですが。……そうでしょうか?」
「もっと砕けていい」
「……砕ける、とはどのように?」
ぐぐぐと首を捻る。
「……敬語。俺は対等でいたい。敬語は要らない」
「えー、今更ですか」
「たまに使っているだろう。それを普段にするだけだ」
「でももう癖みたいになっていて「ならば俺も敬語にするか?」……へ?」
何言ってるのこの人。
「……冗談だ。そんな顔をするな」
「……まーたそうやって分かりにくい冗談を……」
ふふっ――と漏れた笑い声。向かいのミホークさんもくすくすと笑っていた。あぁ、笑ったら少しだけ目が覚めた。
「……分かりました。少しずつになりますが、それでも良ければ……」
「……あぁ、頼む。お前のその声で親しげに呼ばれるのはなかなか良い」
とろん、と微睡むように瞼を落しながらミホークさんが笑う。その眩しい笑顔が私の胸を締め付ける――きゅんと。
「なまえ……」
頬に手が伸びてきてぴたりと触れられる。何か意味があるのだろうか? ミホークさんがやることは大抵意味がある。だから今回はどうなのだろうか、と見つめ返した。……が、何の動きもない。彼はただ頬に触れて、ただじーっと私のことを見ていた。……ほんとうに、ただ今この時を楽しんでいるような、そんな様子だった。
ミホークさんのこんな姿を見たのは初めてだ。いつもはっきりとした顔をしていた。今日は違う。ようやく動くようになってきた頭を動かして行き着いたのは……、彼は相当酔っているのではないか、ということだった。私は、未だにミホークさんが酔ったところを見たことがない。……正確には、へべれけになって、思考を放棄したところ、だが。もちろん、顔を赤くして気持ちよさそうにしているところくらいは結構ある。が、その先はなかった。
――今までは。
頬に添えられた彼の手を引っぺがして、よくよく部屋を見てみると、机の下には何本ものワインボトルがあった。確か、シャンクスさんの船でも飲んでいたよね。それに重ねてこんなに飲んだのか。
「……あのう。酔っています?」
「酔う? ……俺が?」
ミホークさんは、ぱちぱちと瞬いたすぐ後に少しだけ頭を悩ませる素振りをして、再び口を開いた。
「そう……かもしれん」
やはりそうらしい。
「珍しいですね」
「まぁ……最近はなかったな。酔うと出来ないことが多くなるから普段はそこまで飲まないんだが」
「……だが?」
「……今日は少し、」
「……少し?」
どこからか空のワイングラスを取り出したミホークさんがそれを私の前に置いた。当たり前の如く、目の前のグラスに赤ワインが注がれていく。すすっ――と寄せられたので取り敢えず口に運んだ。
「……美味しい」
「赤髪の船からかっさらって来たからな。良い銘柄を抜粋「あとで怒られますよ、絶対」……どうだろうな」
くすくすとまたミホークさんが笑う。いつもよりもよく笑ってくれる気がする。お酒の力は偉大だ。私も飲む前よりも後の方が気持ちが解れたし。
だから、普段なら言い難いことでもすらすらと聞くことがたやすい。
「……きっと私のせいですね」
「…………」
返事はなく、ミホークさんはぼーっと視線を落としたまま、一点を見ていた。
「……そうだな。だが、これはもう……なまえだけの問題ではない。二人の問題だ。だから……そう気に病むな」
「……すみません」
フッ――と、彼が口元を緩めて言う。
「……存外、悪くないものだ。守るものがあるというものは思っていたよりも俺の性に合っているのかもしれない。なまえとの旅はとても楽しい。ひとりでは考えられなかったことばかりが起こる。……戦場以外で愉悦を感じたことはなかったこの俺が、まさか……」
それは私に言っているようで、そうではなく。彼は自問自答しているように見えた。普段はひた隠しにしているはずの本音がダダ漏れのミホークさんがこの上なく可愛い。そんなことを考えていたのですね。……なんだか、すごく嬉しいです。
「話し合いはどうなり……なったの?」
顔を上げたミホークさんが、今度は私の顔を見つめながら訥々と話し出す。彼はお酒が回ると口も回るようになるらしい。
「能力を使いこなせるように、俺が稽古をつける」
「……稽古」
「時間はかかるだろう。おそらく、俺だけではなく赤髪の力も借りることになるだろう」
「では、私はいよいよ海賊になる……んだね」
「……どう、だろうな」
言葉を切ったミホークさんが言い淀んでいる。何か思うところがあるらしい。……が、結局、彼はこの話についてはそれ以上踏み入ることなく切り上げてしまった。
「なまえ、覚えているか?」
「……うん?」
「どこかの宿で、目の……『瞳』の話をしたことがあっただろう?」
「…………あぁ、そんなこともあった気が」
「もしかしたら、あのせいかもしれん」
「…………え?」
「俺の言葉がなまえの能力がはっきりと具現化するきっかけのひとつとなった可能性がある」
「え、そうなの?」
「現に、瞳は俺のものと類似していた。真似ているのではないか、この目を」
とんとん、ミホークさんが自身の目を指し示す。私はまだ自分の目がどのように変わったのか見たことはないけれど、ミホークさんがそういうのなら、本当によく似ていたのだろう。
「そうだったとしたら、私はすごく嬉しい……よ?」
心からそう思った。大好きな貴方と同じになれるのならどんなに嬉しいか、そう思ったから。
きゅっとミホークさんの唇が引き締まる。そして腰を上げて立ち上がって、私の隣に椅子を寄せてすとん――と座った。急展開に目が回る。向かい合わせに座っていたのがただ真隣になっただけなのに……心臓が早鐘を鳴らす。注がれる眼差しが逸れることなくずぅーと私を見ているのをひしひしと感じながら目は伏せた。なんだか居た堪れない気持ちにさせられた。……どうしてか恥ずかしい。
「あの……見過ぎでは?」
「ずっと見ていたい……」
「っ、」
この男……どうやら本当に酔っているらしい。手に持っていたワイングラスはミホークさんによって退けられた。空いた手に手を重ねられて、いわゆる恋人結びというやつをして腕を引かれる。当然、蹌踉けた体はミホークさんに寄りかかる。彼はそれをしたかったらしい。嬉しそうにすりすりと猫のように顔を寄せて甘えられた。
一瞬思考は停止した……けど、こんな姿を見せられてしまったらこっちだって蕩けずにはいられない。大好きなミホークさんの頬に唇を落としていく。普段とは反対だ。それが嬉しかったのか、ミホークさんがにっこりと笑った。ぎゅっと手のひらが握り締められて握り返して、それを幾度となく繰り返した。それが堪らなく嬉しくって――
……あぁ幸せだ。
大好きな人に寄りかかって寄りかかられて、静かな大人の時間がそこにはあった。
……と、ミホークさんが自身のシャツに手をかけた。
「……だめだよ、脱がないで、お願い」
「……なぜ?」
「止まらなくなるでしょ」
「…………したい」
「…………っ、」
下唇を噛み締める。間近で懇願するミホークさんの顔はとてつもなく心臓に悪い。一気に鼓動が早くなって自分の顔が真っ赤になったのが分かった。……全身が熱い。
「なまえ……したい。駄目か?」
駄目じゃない。駄目じゃないよ。駄目じゃないのに……じゃあなんで私はこんなに躊躇しているんだろうか。自分でもよく分からなかった。初めてでもないのに、どうしてだろう。
「なまえ、」
縋るような口付けだった。したいから、頷いて欲しいと彼がお強請りをしている。それがまた何とも……あぁ、分かった……戸惑っているんだ私は。ミホークさんがあまりにも魅力的過ぎて、このままどっぷりと浸ってしまっていいのかと。浸ってしまったら最後、私は彼を巻き込んでいくことになる。この面倒な悪魔の実に彼を巻き込みたくないと頭では考えているのに、心は違う。彼とずっといつまでも、一緒にいたいと思うのだ。
「……ん、んんっ、……はぁ」
荒々しい吐息。互いにシャツを脱ぎ捨てて抱きしめ合う。キスを続けたまま、ミホークさんが私の体を持ち上げた。そして、ベッドの上に連れていく。
……待ちきれない。前戯なんかいらない。今すぐにミホークさんが欲しい。腕を掴んで懇願した。
「ミホークさんが欲しい。……もう、待てない。お願い……」
……お願い。
お腹の奥が痛いくらいにぎゅんぎゅんする。どうか……どうか早くここを貴方の熱い肉棒で突いて欲しい。苦しくて堪らない。…………あぁ早く。早く繋がりたい。中で脈打ち蠢く貴方を感じたくて――
「っ――、それは俺も……だがどうしても酒の勢いだけでするのだけは許せない……「そんなの知らない、私がこんなにも懇願しているのに……というか、『したい』って言い出したのミホークさんなのに。狡い、酷い……そんなので王下七武海が務まると思っているの。顔に泥塗ってるんじゃないの」…………言うじゃないか」
上等だとにんまりと意地悪く口元を歪めたミホークさん。挑発は成功したらしい。あぁこれでようやく……と思ったが、そう上手くはいかなかった。
「……ふむ。口が悪い子には仕置きが必要か。少しばかり待てをしてもいいかもしれないな」
「っ、」
なんて意地の悪い男なのか。
「……では、どうして欲しいのか「じゃあいいもん。私は我慢するから」」
今の私は彼にどう見えているのだろうか。さっきの能力の検証の際に、少しだけ自分の力の感覚を掴むことが出来た。自ら能力を引き出すことは難しくとも、出てしまった能力を突き出すことぐらいは出来る。欲情が高まったせいか、私の能力が自然と御目見えしているのが何となく分かった。だから、私は両眼を見開いて彼のことを見た。燦爛と輝く瞳を彼に突きつけた。では貴方は『待て』できるのか、と。その答えは聞くまでもなく、ミホークさんの手が震えている。私を掴んでいた彼の手が離れた。……そう、彼は能力に抗っていた。
「…………卑怯だぞ」
「何とでも。意地悪するから罰が当たったんだよ」
にんまりと口角を上げる。ミホークさんの額を一筋の汗が伝って落ちていった。

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