永久指針についてミホークさんから話を聞いてから、一週間が経過した。のんびりと島から島を転々と経由して、ついに針の示す先、目的の島に到着だ。
「ようやく……!」
言葉に込められた意味。これでようやく永久指針の謎が解ける! という、私の叫びを耳に入れたくせに、ミホークさんはちらりと流し見るだけで颯爽と歩き出してしまった。
「ちょっ……!」止めようにも、さくさく進まれるので話かける暇がない。私は初めて来た島だけど、これだけ迷うことなく鬱蒼とした森を進んでいくのだ。彼はここに来たことがあるのだろう。永久指針を作ったのはミホークさん自身だったりするのだろうか。
それにしても……ここは今まで訪れてきた島とは明らかに違う。入り口になる砂浜から入ってすぐが森で、Theジャングルというか……、まるで人気が感じられない。こんなところに人が住んでいるのだろうか。
10分程度だろうか。歩いたら少しだけ広いところに出た。辺りには崩れた石の建物らしきものがたくさんあった。窓の痕跡が見て取れる。家……? だったのかもしれない。かつて、誰かが住んで居たのかな。――と、ようやくミホークさんの足が止まった。
「あの……ミホークさん、本当にここで合ってるの?」
「ん? ……先ほど確認しただろう?」
そう、だよね。確認はしたんだけどさ……ここに着いたとき、船の上で一緒に永久指針を見たのだ。そこでしっかりと確認した。確かにここは針の指し示す島だった。
「……だとしても、」
「どうした」
「……なんでミホークさんはここを目的地にしたのか、と思って」
「ははっ。さぁどうしてだろうな」
「もう……さっさと教えてくれたらいいのに」
「もう少し先に進んだら分かる」
そう言ったミホークさんの視線が示した先は再び森の中だった。またここを進むのね。一体どこを目指しているか。先に教えてくれてもいいのに。
「あと少しだ。逸れないように」そう言って、先ほどよりもゆっくりとした足取りで、時折足を止めながら、私の方を……いや、後方を振り返りながら、彼は少しだけ警戒した面持ちで森を中を歩いて行った。
「ねぇ……さっきから振り向いてばかりだけど、どうしたの?」
「そろそろ奴らの縄張りだからな。念のためだ」
「奴ら……?」
「ヒヒだ」
「……ヒヒ?」
ヒヒって……?
少し草が揺れるだけで、ミホークさんの視線が後ろに向く。その『ヒヒ』とやらはそれほどに危険なものなのか。ミホークさん程の人なら大したことはなさそうだけど。
「なんだか騎士に守られている気持ちかも」
「……騎士?」
急な話題の投下にミホークさんが足を止めて首を傾げている。
「……えぇっと。確か王族にはそういう部下が傍に控えているんだったかな。よくあるのが護衛騎士で、彼等は主の傍に控えて、主のことを守るのが仕事だったんだって。ついこの前本で読んで、格好いいなぁ……と」
「あぁ、……あれか」
……あれか、ということは、ミホークさんも本を読んだのか……それとも、まさか本物の騎士を間近で見たことがあったりするのだろうか。現代にも存在するそうだがら有り得なくもない。そうだとしたらすごく羨ましい。私も一度くらい本物の騎士とやらを見てみたい……!
「…………騎士か」
…………あれ? もしかして気に入った……? のかな。それは悪くないな……、ミホークさんが誇らしげに胸を張っている。見た目からは想像もつかない子供っぽさが可愛らしくて、頬が緩んでいく。ふいにミホークさんの視線がこちらに向いた。慌てて唇を引き結ぶ。
「どうかしたか?」
「ううん、何もないよ」
首を横に振った。
「……?」
……待てよ。よく考えたら護衛騎士の比にならない実力を持った人がいつも傍にいるじゃないの。忘れてた。私たちにとって、二人がいつも一緒にいるのは日常だ。一緒に居すぎてそんなこと、すっかり忘れていた。だっていつもは過保護過ぎて……おっと、危ない危ない。
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それから少し休憩を挟んで、また森の中を歩いていく。
先ほどよりも一回りも二回りも広い、広場のような場所に出た。周囲には大きく開けた道のようなものが見て取れる。ここを中心にして広がっているようだ。大きな幅の道は、大通りという感じだろうか。
それにしても……壮観だ。
「…………これって、遺跡?」
なんだろうここ……。村? ……いや。村というよりは、……街、かな? 規模が大きい。始めに見つけた石の建物の集落の何倍も広がっている。
「ミホークさん、ここは?」
「王国があったところだ」
「……え! お、王国っ!?」
「あぁ、内乱で滅びたらしいがな」
辺りを注意深く見回していく。どうやら今も人は住んでいないようだ。どの家も崩れ落ちており、現在進行形で人が住めるような状況ではなかった。一応、一軒一軒覗いて見たけれど人の気配は感じられない。……おかしいな。建物……というより遺跡? の至るところに残っている傷。それらはまだここ数年のものから、もっと最近のものだと数ヶ月以内のものも混じっているように見える。遺跡は古びれているのに、傷だけは真新しいのだ。
そこに関して、ミホークさんなら何か説明をしてくれるのだろうなぁと待ってみたけれど、説明はなかった。私が気付くくらいだから彼は絶対に気付いているはず……どうしてなのか、頭に引っかかる。
「おいて行くぞ」
「あっ! 待って!」
すたすたと道の真ん中を歩いて行くミホークさんの後ろ姿を慌てて追いかけていたら石畳の道に出た。今は凸凹が目立つが、昔は綺麗な街道だったのかもしれない。その道に沿ってしばらく歩いた。突き当たりまで行ったところで道が砂地に変わる。その先の開けたところ……何かが居る。私は何者かの気配を感じて足を止めた。
「ここは奴らの縄張りだ」
「…………何、この生き物」
広場を占拠していたのは、ミホークさんの身の丈を超える程大きいなサルの群れ。それもただのサルではない、彼等は武装していた。刀や銃を持っている。まるで人間の真似事をしているようだった。
ゆらりと動くミホークさん。一歩、一歩、彼の足が動く度に空気が揺れるようで、頬を過ぎていく風が微かに震えている。……いや、違う。違った。震えているのは私の方だ。私の身体が小刻みに震えているのだ。
「奴らはヒューマンドリル」
「ヒューマンドリル?」
「先ほど話した『ヒヒ』だ」
「あぁ! あれが『ヒヒ』!」
「気をつけろ。俺の傍から離れるな」
「…………う、うん」
彼等の眼光が一斉にこちらに向いた。押し潰すような威圧感が全身を覆い尽くした。全身から吹き出す汗。……私じゃ彼等に敵わない。それは弱者が強者に感じるそれだ。止まない震え。
「……案ずるな。俺がいる」
澄まし顔でこちらを流し見たミホークさんがそっと頭に手を添えてくれる。それだけで震えがおさまる。再び彼が前を向いた。刹那――靡いていた風が突風を巻き起こして広がる。その後に訪れた凪。ぴりぴりと張詰めていたはずのヒヒの殺気がそぎ落とされていた。ミホークさんが足を踏み出すだけでヒヒが後ろへと逃げていく。
まるで蜘蛛の子を散らすようだった。
今まで幾度もその隣や後ろでミホークさんの殺気を見てきた。そんな私だけど……実は、私は彼の殺気を真っ正面から受けたことがない。だから、それがどれほどに恐ろしいのかを知らないし、体験したいとも思わない。だって絶対に怖いもの。そんな機会があったとしても全力で遠慮します。
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ヒヒに遭遇してから更に30分は歩いたと思う。それにしても、結構歩いた。
「ミホークさん……」
「なんだ?」
「そろそろ限界です」
「もうすぐ着く」
「……本当に?」
「…………」
「……ねぇ、それって冗談じゃない?」
「当たり前だ」
少しだけ面倒くさそうに返された返事。いやだってこっちは死活問題なんだもの。いくら旅慣れて歩き慣れているとは言え、私にも限界はある。そして限界の壁は、当然ミホークさんよりも低いに決まっている。冗談抜きでそろそろ限界なのだ。
取り敢えず、冗談ではないという事実を確認出来たので、それを胸に入れてもうひと頑張り……
「見えてきた」
ミホークの声で俯いていた顔を上げる。よく頑張った私! 思いを込めて、膝に手を置いて、前に倒しがちだった身体を起こした。
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「…………へっ!?」
目の前に広がる現実に瞬く。……これって、現実、だよ……ね? 半信半疑、隣に立つミホークさんのことを見上げた。待ち構えていたらしく、こちらを向いていた金色の双眸がにやりと細められる。……あぁそうか。ならこれは現実だ。彼はこれを見せたくって私をこんな僻地にまで連れてきたのだ。
目前にそびえ立つのは立派な王城だった。
薄暗い森の中にある城は、古城というのがしっくりくる様相だ。周りを覆うのは濃い霧。森に足を踏み入れた瞬間から思ってはいたが、ここは湿気が多く、空気が重い。元々そういう気候というのもあるかもしれないが、木々が生い茂っていることも相俟ってとにかく暗い。
城の城壁は白く、薄白さが目立つ城だった。その異質な雰囲気に私は一瞬で飲まれた。
この城はまるでミホークさんそのもののようだ。
「気に入ったか?」
落とされた言葉にハッとする。頭を掠めたのはミホークさんが島を探してきたという事実。まさか私のためにわざわざ……? でも、どうして。私たちはずっと身を固めずに旅を続けてきた。互いにそれが合っていると思っていたし、ミホークさんはそんな生活を気に入っていると言っていたのに。
人は自分じゃ情報を処理できなくなったとき、一時的に現実逃避するというが……かく言う私も全く違うことが頭を過った。本で読んだ物語の中にこれとよく似た城が出てきたことがあった。その本の主題は「ドラキュラ」。人の血を吸う人種の話だった。
「あの……もしかしてミホークさんの祖先ってドラキュラだったりしますか?」
「は?」
素で返事が返ってきた。
「いや、だって……よく考えてみたら服装もそれっぽいですし、海軍本部からの手紙を運んできたのなんて蝙蝠だったし」
「…………」
「まるでこの城で生まれたかのような風貌だって!」
精一杯力説した。
「蝙蝠は海軍で使われているもので俺が飼い主ではない。城は少し前に見つけたものだ。……俺もここに来たのは数回だ」
「え、そうなの?」
「なんだ、そんなに血を啜って欲しいのか?」
「ひぇっ」
「……確か、ドラキュラは若い女の血が好物だった、な?」
不敵に笑うミホークさん。顔を真っ青にして一歩、また一歩、後ろに下がりながら全力で謝った。
「ごめんなさい! 気のせいでした! どうか血はっ!!!!」
「冗談だ」
「…………うん」
ほんっとうに心臓に悪いよ、この人。ほっと胸をなで下ろす。いやまぁ……言い出したのは私で、彼は話に乗ってくれただけだし。自業自得なんだけど。ちょっとばかし本物かもしれないと思ってしまった。彼の言葉や雰囲気で匂わされるだけで真実味がグッと増してしまう。そうならざるを得ないくらいにミホークさんは自分のことを多く言わない。彼には私の知らないことがまだまだたくさんあるから、冗談なのか判断が難しいところがまだたくさんあるのである。
「行くぞ」
「え、入るの?」
「怖いのか?」
「……うん、ちょっとだけ」
「心配するな、誰もいない」
歩き出した背中に続いた。――と、以前に来たときの話だがな。後から意地悪く笑いながら付け足したミホークさん。背中の向こう側から上機嫌な笑い声が聞こえてきたものだからムッとして言い返した。
「……からかわないで!」
ケタケタと笑いながら振り返った彼は、「人の気配は感じないから安心しろ」と急に甘ったるい優しい笑顔を浮かべて私の頭を優しく撫でてくれた。
「…………もう!」
ときどき意地悪なミホークさんだけど、彼の優しい笑顔が私は大好きだ。

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