執務室の扉は開いていた。開いたままの扉を二回、軽くノックする。机の書類に目を走らせていたモモンガ中将の顔が向いて、入るように手で招かれた。
「扉はどうしますか?」
「締めてくれ」
扉を閉める。椅子から立ち上がった中将が応接用のソファに座って、向かいに座るように誘導された。軽い会釈の後、座った。
「中将、来客ですか?」
「あぁ、珈琲を二つ頼む」
「承知しました」
隣の部屋から出てきた現在の補佐官らしき人と「はじめまして」の挨拶を軽く交わす。この前来たときに吹っ飛ばされた人とは違う。……あの人は配置換えになったらしい。ご愁傷様です。
「えぇと……それでお話とは?」
「少し待ってくれ。込み入った話になるから、人払いをしたい」
「分かりました」
珈琲が出された後、補佐官の人が部屋から出て行く。二人きりになったところで、徐にモモンガ中将が口を開いた。
「今日は、謝罪をしたくて来てもらった」
「謝罪……、ですか?」
「あぁ。本来なら、どこか別の場所で話すべきなのだが、ついさっきの件があったからな。会えるのはここだけだろう」
「それは……まぁ、はい」
スモーカーさんは怒ったら、マジで怖いので、逆らわないのに越したことはない。強く頷く。
「君のことを連れて行かず、すまなかった。話を聞いて、きちんと決めるべきところを私の意見のみで判断してしまった。…………本当にすまない」
目の前の中将の頭が深く、机に付くくらいに下がっていった。それは、かつて、私が彼の元に居たときのことだろう。実のところ、私はもうこの件については触れないと決めていた。スモーカー中将には、少し前に、「ちゃんと向き合え」と言われたことだが、向き合ったところで、傷口が抉られるだけなのだ、と思ったら、…………どうしても体は動かなかった。誰が好き好んでそんなことをしたがるものか。……だから、私は忘れたふりをし続けていた。今更……今更ですね。……モモンガ中将。
「いえ、いいんです。もう終わったことですから、頭を上げてください」
「いや……、君のことを踏みにじってしまった」
『一方的に相手の行動を制限するのって、…………そんな相手嫌じゃない?』先ほどの噂話の一つ、それが私の胸に深く刻まれていた。……その通りだったから。いくら、中将が部下である私のことを思って行動していたとしても、それを私は知らない。一方的に『お前は戦力にならない』と叩き付けられた言葉は、私を深く抉り、守られていたなんて、微塵も思わなかった。それどころか、尊敬していた中将に、必要のない存在と言われたのだと思っていた。
……でもそれももう、過ぎたことだ。
「……そう、かもしれませんね。でも、終わったことですから。もう、気に病まないで下さい」
「…………」
辛辣だと、分かっていても、頭を上げない中将に続ける。
「またそうやって、自分の気持ちを私に押しつけるのですか。私はもういいと言っているのです。自分が許して貰うために、自分の気持ちを軽くするために、謝るのは止めてください。…………見苦しいですよ」
グッと、彼が膝に置く手の平に力が入ったのが見えた。上役相手に失礼だと分かっていても、言わずにいられなかった。
「そう……だな」
「えぇ」
顔を上げた中将が、薄ら笑う。それはまるで自分自身が滑稽だと思っているような、自嘲の笑みだった。随分疲れた顔をしていらっしゃる。その様は痛々しくて真っ直ぐに見ていられなかった。
「話はこれだけで?」
「あぁ……」
「では、失礼しますね」
結局、私は出された珈琲に手をつけることもなく、部屋を後にした。
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分かっていても、…………胸に来るものだな。
なまえが帰った後の執務室で俺は天井を見上げていた。彼女の反応は、当然のものだった。求められていない、望んでいない謝罪に、嫌悪感を丸出しにして笑い、はりつけた笑顔を返す姿。今まで見たことのない、知らない姿に胸が軋んだ。
よく笑う彼女しか知らなかった。あんな風に、顔を歪めて笑うところを見たのは今日が初めてだ。
「どれだけ、傷つけたのだろうか……」
恐らく、なまえの傷は相当に、深い。そして、その傷を埋めたのは、スモーカーだ。あの男が、なまえにとっての大切な人になった。
…………俺に出来ることなど、あるのだろうか。何度問いかけたところで、その答えのすべてが俺のためのことのように思えてならず、結局の所、赤の他人である俺は、なまえに何も出来ないのだと、痛感せざるを得なかった。
ただ……好きだと伝えることも、もうできないのだな。

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